英語圏で暮した経験があるせいか、日本語と英語の表現のはざまで悩んだり考え込んだりする事がちょくちょくある。
その1つが「我々」の使い方。日本人は、アメリカ人に比べると「我々」を使う事が多いのだが、1人称単数の「私」ではなく、なぜ複数の「我々」を使うのか、また「我々」というのは一体誰と誰を指すのか、よくわからない事がある。
たとえばある日本人女性が男性と1対1で話している時に、「我々の年になると物忘れが激しくなるのよ」と言ったのが聞こえた。どうして「私の年になると物忘れが激しくなる」と言わないのだろう、我々とは誰と誰を指すのだろうと私は一瞬重苦しい感じに襲われた。
もしかしてかなり離れて座っている私を巻き込んで我々と言ったのだろうか。でも私が物忘れするかどうか、彼女は知らない訳だし、私がこうだからあなたもそうでしょう、と勝手に決め付けられるのも理不尽だ。時に、私よりはるか年上の人が「我々年寄りは」などと言うので、こちらまで年寄り扱いされたようで非常に不愉快な事がある。
「我々」は「私」に置き換えられるケースがほとんどなのに、なぜかわざわざ複数を使いたがる心理が私には全くわからない。どうも中年以降の女性が多用する傾向があるように思う。これが10代、20代だと「ほら、アタシって人はぁ」などと1人称単数を連発する。若い人の方が個が確立しているという事だろうか。
個人主義のアメリカで「WE(我々は)」という単語をうっかり使うと、「Who's we?」(我々って誰の事だ)と聞かれる。
引用元 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090107-00000021-tsuka-soci
